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一緒にいてもスマホ

ゆうべは東京は予報通りの雨。
風が強くて、夜中に雨がガラスをバチバチを打ち付けて
何度も目が覚めました。


さて、今日はある記事が面白かったのでシェアします。

「一緒にいてもスマホ」という本の書評です。
本は読んでませんけど。



以下抜粋。


著者によればアメリカの10代の4分の1は、起きてから5分以内に
デジタル機器にアクセスし、1日に100通のメール(チャット)を送信する。


友達と話す間も授業中もスマホの画面を気にしている。
オンライン上では、そうありたい自分を見せようとし
「いいね!」がつくのを見る達成感のために
フォロワーが聞きたがる楽しい話題だけをアップする。



だが、友人たちが「楽しくしている」のを見て、
自分は不安にとらわれてしまう。
一人きりになれないことで、余計に孤立感を生む。


スマホを携えた会話では、誰かがしばしば離脱するから
軽めの会話に終始する。話の多くはスマホ上の話題やその場で
調べた単純な事実ばかりだ。


アメリカの大学生の共感能力が
過去20年間で40%低下したという。
この大きな原因は対面会話の欠如だと著者はいう。


アイコンタクトを伴った会話こそが親密さ、
信頼感を生み、痛みを分かち合い共感を育てる。


親たちも会話を避けがちだ。
幼少期に共感力が育たなければ、生涯に尾をひく。

編集したり修正できないから対面会話は怖い、と
若者は言う。


会話こそが共感を高め、作業の効率を効率させ、
新しいアイディアを喚起させるという。
米国ヤフーでは在宅社員を会社に呼び戻した。


↑ここまで。



スマホは便利ですが、こういったネガティブな側面もよく聞きます。

これを読んで思い出したのは、先日の電車の光景。
40代くらいの母親と、小学3年生くらいの息子が並んで座っていて、
母親はスマホを、子供はiPadをずーっと見ていました。


母親が時々息子に話しかけますが、
息子は顔をふとあげて、気のない返事をして
またすぐに画面に戻る。これの繰り返し。

こういう子供が大人になったら、どんな人になるんだろう、
と思いました。


一緒に並んで座っている若い女の子同士も、
二人でだまりこんで、スマホを眺めているのはよくある光景です。


カップルが向かい合って座って、
二人でだまってスマホを見ているのも
よくある光景です。



日本でのリサーチを誰かがすると良いと思いますが、
「共感能力が過去20年間で40%低下」という
アメリカのことも、まんざら批判できない気がします。


日本の場合は大学生よりも、20~30代の会社員でも
同じ結果がでたりして。


スマホは依存性があります。
あの小さなスクリーンの向こうって、まるで宇宙だと思います。


世界中の情報が常に渦巻いて、欲しい情報はすぐに出てきて、
クリック一つで欲しいものが家に届いて、
赤道の向こう側にいる人とも、その場でコンタクトがとれる。


便利さは利用するものであって、利用される側にならないように
注意が必要だと思います。



自分の投稿記事は、反応が気になって何度も見に行くのも分かります。
投稿しなければいい話ですが、でも投稿したい気持ちも分かります。


不特定多数に向けて投稿するかわりに、それを「ねえねえ、見て見て!」と
直接伝えられる友人がいるはずです。いたはずです。


誰に、、?と、誰も思い浮かばない人は、急いでスマホから抜け出して
本当の友達作りを始めたほうがいいかもしれません。



私は自宅でスマホやPCやiPadなどから離れる時間を設けるときがありますが、
そうすると、な~~~~んかヒマなんです。
家の中をうろうろしたりして。



手持ち無沙汰を一通り味わうと、
「英語の勉強でもするか」とか、
「ネットじゃなくて直接お店に行ってみてくるか」とか、
色々と思いつくんですよね。


そのうち「手紙でも書くかな」とかなりそうです(笑
でも、そういう人間的なアナログ速度、って
たまには必要な時間だと思いますよ。