「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」

桜は今週末が全開ですね。混むだろうなあ。
会社に行く途中に目黒川を通過するので、
通勤途中に寄ってみようと思います。


昨夜は渡航を控えたお客様のキックオフセミナーでした。
ちょうど来日中のラングポーツのアナも参加して
盛り上がりましたよ。


写真はこちら
http://urx2.nu/t1IY


質疑応答ではアナにも回答してもらいました。
あえてアナに参加してもらったのは
渡航前に実際に外国人の英語を生で聞くことで
襟を正して、気持ちを引き締めて欲しいからです。


言っていることは全部分かった、という人は
いなかったと思います。
もっと英語を勉強しなきゃ!と思ってもらえたら
大成功です。



我が家に毎月届く会報誌があるのですが
そこに面白い記事が掲載されていました。


「強さとは、守りたいって思う力だよ」


と書かれていました。


特に男の子は、「男なんだから泣くんじゃない!」
とか、強くなりなさい!とか、言われてきたんじゃないでしょうか。


今は、女性が強いとかなんとか言われますが
そもそも、何をもって「強い」と言うのか。



先日10年ぶりにパスポートの更新に行きました。
10年前の写真を見て、ずいぶん昔は気が強そうなお姉ちゃんだったなあ、
と思いました。今のほうが角がとれて、あきらかに柔らかい印象です。
周りにもよく言われます。


ところがそれを10年前から私を知っている友人に見せたら、
「今のほうが気が強いよ」と言われました。


10年前の君は気が強いふりをしている女の子だったよ、
だから可愛かった。今は本当に気が強いよ。と言われました。



これはすごい褒め言葉でした。
気が強いふりをしている人は、もっと上のレベルの人から見たら
威勢を張っているだけで、繊細で怖がりにしか見えません。


でも、今は威勢を張る必要もなくなったということかな、と思います。
真の強さ、が多少はついてきたかな。
まだまだ未熟ですけど。



女性の強さを「発言するようになった」
「社会に進出するようになった」と
表面的なことで判断されると、私は違和感があります。


わたしは卒業式で泣いたことがありません。

周りが鼻をすすって泣いている映画や舞台でも
「ふ~ん」という感じで全く共感しないことが多いです。


かと言って、一切涙を見せない氷の女かというと
そうでもなく、アナ雪は2度みて、2度とも同じ場面で泣いたし、
カンフーパンダ2でも、ウルっとしました。


ちなみにアナ雪で泣いた話をしたら、
小学生に
「感動したけど、泣くほどじゃないよ」
と言われました。。。
感受性には個人差があります。




中学くらいの時に卒業式で泣かなくて
「冷めてる」と言われたことがあります。
だいたい、こんなことをいうのは男子です。


その時に真っ先に私を救ったのは、
金八先生贈る言葉という曲。

くれ~なずむ~まちの~


というお馴染みの卒業ソングです。


「求めないで優しさなんて、臆病物の言い訳だから」

という歌詞があります。


泣かないから優しくない、
なんて、そんなのおかしいと思っていた私は
この歌詞に納得しました。
そして、臆病者の声を聞くことをやめました。



「自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ」


という詩があります。


男だから、女だから、お姉ちゃんだから、お兄ちゃんだから、

「~だから、強くあれ」というのは
いまいち意味が分かりません。


言われた本人の感受性を無視しているし
だからこそ、私たちは自分の感受性を
自分で守らないといけません。



強さとは、自分を犠牲にすること。
他人を思う気持ち。
そして、誰かを守る気持ち、かなあと思います。


本当に強い人は、とても柔軟で謙虚で、
落ち着いているものです。
自分を愛するのと同じくらい、他人を愛しています。


威勢をはったり、誰かを打ち負かしても
それを強いとは言いません。


会社を経営していても、それを強いとは言いません。
仕事が出来る女性を強いとは言いません。


泣いてる人は優しいかというとそんなこともありません。



よく知らない人から「桜井さんは強いよね」と言われると
私はちょっと違和感があります。


私の何を見て「強い」というの?
会社を経営しているから強いの?



大人になっても、臆病者の声は聞こえてきます。


自分の感受性を信じて、
本物の「強い人」を目指したいものです。